戦後80年 今こそ語り継ごう日高大空襲
2025年8月5日 20時55分
社会

1945年、昭和20年の「日高大空襲」を語り継ごうと、おととい(8月3日)、御坊市の中央公民館で平和を考える催しが開かれ、当時、空襲で同級生を失った女子生徒が制作した紙芝居を使って、県立日高高校の生徒が読み聞かせを行いました。

紙芝居を作った花澤さん

「戦後80年、今こそ語り継ごう日高大空襲」は、旧御坊商工高校地理歴史・社会研究部の1986年度卒業OB会が主催したものです。

日高大空襲は、1945年6月22日朝、美浜町浜ノ瀬で51人、御坊市名屋で21人が、アメリカの爆撃機B29の空爆の犠牲となり、このうち、御坊市名屋東弘子(あずま・ひろこ)さん当時13歳は、母親から「先に逃げなさい」と言われ、「お母さんも早く」と叫びながら、前を走っていく瞬間、爆弾が落ち、倒れた家の下敷きになって亡くなりました。

旧御坊商工高校地理・歴史・社会研究部元顧問・小田憲さん

この時の様子を、学童疎開で、千葉県から、御坊市の県立日高高等女学校1年に転校していた花澤玲子(はなざわ・れいこ)さん92歳が空襲で同級生を失くしたことや米軍の上陸に備えて、防御陣地づくりに動員されたことなどの戦争体験を、紙芝居の「泣かなわりぃやろかー少女たちの戦争―」にまとめています。

会場には約150人が訪れた

そして、催しでは、県立日高高校で、ボランティア活動に取り組んでいるJRC部の生徒が紙芝居の読み聞かせを行いました。

読み聞かせを行った日高高校JRC

日高高校2年の芝﨑光晴(しばさき・こうせい)さん16歳は、「こんな身近に起こっていることを実感して戦争の恐ろしさをあらためて知った。やっぱりこんな会を通して、若い世代に語り継ぐことがこうした戦争を二度と起こさないために大切だと思った。自分の友人や家族にきょう学んだ話を伝えたい」と話していました。

読み聞かせをする芝崎くん(中央)

この後、花澤さんも参加して、主催する1986年度卒業OB会の前山輝代(まえやま・てるよ)さん56歳らと対談し、御坊でのB29による爆弾投下や、艦載機による襲撃などを語りました。

花澤徹さん(花澤さんの長男)と花澤さん、手前は、主催側

花澤さんは、「非戦闘員まで、巻き込まれてしまうのが、戦争。だから、二度と起こしたらダメ。若い方にどんな形でもいいので、少しでも戦争とは、こういうものやということをわかってもらえれば、それで幸いです」と話しました。

記念写真

今回の催しでは、空襲で亡くなった東弘子さんの母親、静枝(しずえ)さんら家族による40年前の証言テープも紹介され、花澤さんは、東さんが紙芝居を作ったことに対し、泣いて喜んでくれたことを語りました。