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東京パラ出場の生馬選手、故郷の有田市役所を表敬訪問
2021年9月16日 19時39分
スポーツ 社会

東京パラリンピックの陸上男子100メートル・車いすのクラスに初めて出場した有田市出身の生馬知季(いこま・ともき)選手がきょう(9/16)、有田市役所を訪れ、市長から花束を受け取り、ねぎらいの言葉を受けました。

望月市長からねぎらいの言葉を受ける生馬さん(左)

有田市出身で29歳の生馬選手は、先天性の障害で車いす生活を送っていた県立海南高校時代の17歳のときに車いす陸上を始め、23歳のとき本格的に競技に取り組むため、岡山県に拠点を移し、その後、車いす陸上200メートルで日本記録を持つ国内屈指のスプリンターとなりました。

そして、今回、生馬選手は、東京パラリンピックの陸上男子100メートル・車いすT54クラスに出場しましたが、予選のタイムは14秒50で、出場した18人中12位となり、決勝進出はなりませんでした。

生馬選手は、きょう正午すぎに、所属する実業団チームのマネージャーとともに有田市役所を訪れました。

応接室で出迎えた有田市の望月良男(もちづき・よしお)市長は、「有田市からパラリンピアンが出たと地域の皆さんが喜んでいます。市民を代表してありがとう、そしてお疲れ様でした」とねぎらいの言葉を述べました。

望月市長(左)から花束を受け取る生馬さん

これに対し、生馬選手は、「人生初のパラリンピック出場でしたが、結果としては、決勝に残れず、悔しい思いをしたし、応援してくれた有田市の皆さんにも決勝の舞台で走る姿をみてもらいたかった」と述べた一方、「競技歴12年目を迎え、夢見てきたパラリンピックに出場できて、うれしく誇りに思います。3年後のパリ・オリンピックでは、100メートルでメダルの獲得を狙いたいし、今回、土壇場で出場できなかったユニバーサルリレーが実施されるなら、今度こそ、アンカーとして走りたい」と抱負を語りました。

感謝の言葉と抱負を述べる生馬さん

生馬選手は、実際にパラリンピックのレースで走行した「レーサー」と呼ばれる選手用の車いすを持参し、レーシンググローブを手に持ちながら、「車輪をたたくイメージで前に進みます」などと説明していました。

生馬選手は、あす母校の有田市立糸我小学校や文成中学校などを巡り、後輩にパラリンピックでの経験を伝えることにしています。